私には生まれつき、少しばかりの霊感がある。
当時住んでいた場所は、かつて火葬場があったという。
だから、怖い思いをすることには慣れていた。
見えるわけではないが、反応してしまうと余計に恐ろしい目に遭う。
そういうことが度々あったので、私はいつしか、そんな怪奇現象を「気のせいだ」と思うことにしていたのだ。
18歳の夏、私はとあるブラック企業で、仕事に没頭する日々を送っていた。
毎日のように仕事を家に持ち帰り、気まぐれに現れる上司からは無茶な要求を突きつけられる。
問題は全て私に丸投げされ、バイトの子の教育や管理まで任されていた。
そのうえ、当日欠勤が多いので穴埋めもしなければならない。
休みなど、あってないようなものだった。
日に日に、疲れは蓄積していく。
気づけば、摂食障害と不眠症を患っていた。
自分を責めるようになり、「死にたい」という思いが日増しに強くなっていく。
そんなある日の夢に、一人の女性が現れた。
真っ白な空間の中に、ぽつんと佇んでいる。
こちらを睨みつけているようだが、顔ははっきりとは見えない。
ただ、激しく怒っているのは分かった。
「なんで怒っているの?」と尋ねても、女性は答えない。
ただ、じわじわとこちらに近づいてくるだけだ。
私の体は動かない。
女性の顔がどんどん近くなり、ついに目の前で止まった。そして何かを言った。
「…ねばいい…」
その時、目が覚めた。
不思議なことに、怖くはなかった。
しかし、その日を境に、誰かに見られているような感覚や、圧迫感、不安感が増していった。
「気のせいだ、気のせいだ」と自分に言い聞かせながら、仕事をする日々。
「死にたい、死にたい。でも、辞めたらみんなに迷惑がかかる。死んだら楽になれるのかな」
そんな考えが頭の中をぐるぐると回る時間が、日に日に長くなっていく。
そんなある日、みるみるうちに衰弱していく私を見て、友人が心配してくれた。
そして、友人の家にお泊まりすることになった。
ひとしきり仕事の辛さを聞いてもらった後、疲れ切った私は眠りについた。
友人と二人でベッドを使って眠る。なんだか、安心する気持ちになった。
日差しが差し込み、いつもより早く目が覚めた。
「もう少し寝ようかな〜」なんて思った、その時だった。
突然、体が動かなくなったのだ。
冷や汗が吹き出し、鳥肌が立つ。
止まらない。
友達の方を向いて寝ていたので、なんとか起こそうと声を出す。
「う…あ…..」
声にならない。
まともに話せない。
今まで経験した金縛りとは明らかに違う。
何かがおかしい。
日の光さえも、恐怖に感じる。
「何かが来る!」そう思った次の瞬間、友達の向こう側から手が伸びてきた。
頭が見える。
あの女性だ。
非常にゆっくりと動きながら、ついに私に触れる。
引っ張られる感覚。
「行きたくない、私は行きたくない」
そう心の中で何度も繰り返した。
ふいに、固まっていた体が、ふわりと軽くなる。
「動ける!」
そう思い、振り払おうと腕を動かし、体を起こした。
女性の姿は消えていた。
だが、震えが止まらない。
「なんで?どこで連れてきたの?」
心当たりはない。
あの女性は、一体何がしたかったのか。
ふとあることに気がついた。
あの女性、私と髪型が似ている。
背丈も同じくらいだ。
あのワンピースも、どこかで見覚えがある。まるで……
「…..私?」
その瞬間、視線と圧迫感が消え失せた。
後日、以前から約束していた霊能者の方に会った。
夢の中で女性に襲われたことを、ざっくりと伝える。
毎日「死にたい」と思っていたことは、親の前で話せなかったので伏せておいた。
霊能者の方は霊視をした後、ポツリと呟いた。
「今は大丈夫みたいだね。うーん…自分で自分を呪っていたんだね」
私は毎日「死にたい」と思う一方で、「死ねばいいのに」とも願っていた。
無意識のうちに生き霊を飛ばすなんてこともあると聞く。
本人が気づくと消えるのだとか。私が私自身だと認識したことで、霊は消えたのだろうか。
「死ねばいい」なんて、もう考えまいと心に誓った。
仕事は辞め、体調は順調に回復し、前向きな気持ちになってきている。
それでも、たまに疲れた時には思い出す。
もしあの日、抵抗しなかったら。
一体、何が起こっていただろうか。
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