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【都市伝説】「存命」という表札を見かけたら

「存命」という表札を見かけたら、すぐにそこから立ち去った方がいい。

板木地区の外れを歩いていた男が、ふと民家の玄関に目を留めたのは、夕暮れが山を沈めかけた時刻だった。
門柱に取り付けられた表札が妙に白く光り、そこにはただ一言「存命」と書かれている。
奇妙なその文字を凝視するうち、思わず足が止まり、男は引き寄せられるように軒先に近づいた。

どういうことだろうと表札を撫でると、指先がかすかに震えた。
戸をそっと押してみると、軋む音がして、ほんの少しだけ開く。
薄暗い室内には、古い畳のにおいが立ちこめ、その奥にぽつんと祭壇らしきものが見えた。
しんとする板木区の黄昏のなかで、男は知らぬ間にその祭壇に近寄ってしまう。

そこに位牌が三つ、煤けたろうそくの脇に並んでいて、それぞれに、彼がよく知るはずの名前が書かれていた。
一つ目は同僚の名。
二つ目は幼馴染の名。
そして三つ目が、まだ十日ほど前に会ったばかりの親友の名だった。
どれも存命の人物に違いないのに、位牌の文字がくっきりと刻まれている。

男は泥臭い畳の匂いに気づくと同時に、背筋を凍らせながら逃げだした。
振り返ると、玄関はちゃんと閉まりきっており、あの表札も闇に溶け込むように消えている。
息を切らしながら大通りへ出たものの、街灯の下に立つと体が小刻みに震えた。
あの家の中に見た位牌が忘れられない。
翌日、確かめようと足を向けたが、同じ道を辿ってもそんな民家は見つからない。
同僚に連絡を取ろうと携帯を開いたとき、妙な着信履歴に目が止まった。
着信名は、幼馴染でも親友でもない、不可解な文字列。
そしてひときわ異様なのは通話時間が三分もあること。
男にはその電話を取った記憶などまるで無く、ただ胸騒ぎばかりが増していく。
同僚の声も、幼馴染の笑い方も、昨晩から妙に思い出せなくなっていることに気づいた辺りで、男はこの件を深堀りすることを辞めた。

恐ろしくなったからだ。

これ以上深追いすると、自身の名前も、あの位牌に刻まれるのではないかと。

だから男は、こう語る。

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