「終わらない夕方」とは、朧区には夏だけ、不規則に訪れる現象のことである。
通常なら夕陽が沈むはずの時刻を過ぎても、太陽が動きを止めるように見え、空はいつまでも濃い橙色を保ち続ける。
その瞬間が訪れるのは、人通りの少ない裏道や、古い神社の脇道など、なぜか人目がない場所ばかりだ。
しかも、その場に入ったとたん、風や鳥の声だけでなく、自分の足音すら響かなくなるらしい。
触れても草や木に手ごたえがなく、空気が密閉されたような奇妙な静寂が支配するという。
いったんそうなれば、次に時が動き出すまで何分、何時間が経過しても太陽の位置は変わらないまま。
体感では疲れることなく過ぎていくのに、出てきたときには外の世界で数時間が経っているケースが報告されている。
ある若い女性が、朧区の坂道で「終わらない夕方」に巻き込まれたとき、最初は綺麗な夕焼けだと思い写真を撮ろうとした。
しかしスマホは作動せず、風や匂いが全て消えたことに気づき、恐怖を感じたという。
そのまま呆然と立ち尽くしていたが、いつしか視界がぼやけ、気が付くと夜になった街に戻っていたそうだ。
別の男性は友人と二人で夕焼けを眺めている最中、突然友人の姿だけが消え、静寂と赤い空だけが取り残されたと証言する。
いくら呼んでも声は響かず、やっと脱出できたときには深夜の駅で、一人座り込んでいたという。
奇妙なことに、この「終わらない夕方」は夏の間だけ、そして不定期に現れるため、予測がつかない。
場所も時間もまちまちで、誰かが同じ場所を再現しても起こらない場合が多いらしい。
一部の研究者が磁場異常や気象条件を探ろうとしたが、具体的な要因は判明していない。
むしろ「人が何かを見失いそうになったとき、終わらない夕方が舞い降りる」という迷信めいた説まで出ている。
もし朧区を訪れ、夕方なのに太陽が微動だにしない場面に遭遇したら、すぐにその場から離れたほうがいい。
音も匂いも消え、自分の足跡すら感じ取れない世界に取り込まれると、いつ戻れるかは保証されないからだ。
【都市伝説】終わらない夕方
