「日没影溶摂取(にちぼつエイヨウせっしゅ)」とは、霞丘区とその近隣で稀に発生する、冥ヶ崎特有の怪奇現象である。
本来なら普通に暮らしているはずの人々が、薄暗い夕空の下で自分の影を見失うのだ。
最初は見間違いと思いがちだが、足元を照らすはずの街灯や夕陽さえ、まるで人の影を作り出さない。
さらに、一度影を失った人は、何が起きても音を立てられなくなり、呼吸さえも妙に静まり返るらしい。
あたかも世界から段階的に消し去られていくようだ、と目撃者は震える声で語る。
ある住民は帰宅途中、自分の足音が消えたことに気づいて立ち止まった。
振り返ると、確かに足元には影がない。
なのに背後から夕陽の光が赤く照らしているのがわかるため、あり得ない光景にパニックを起こしかけたという。
さらに、道端のガラス扉に映る自分を確かめても、かろうじて身体の輪郭だけが映り、影はまるで別の場所へ逃げ去ったようだった。
周囲に人はいるのに、誰一人として視線を向けてこない。
まるでその人の存在ごと認識されていないかのようだ。
噂によれば、日が沈む前に自分の影を捕まえられなければ、完全に夕方の闇へ溶け込むという。
そうなると、翌朝どころかいつまでも家に戻れず、姿も生死も不明なまま、空気のように街を漂い続けるらしい。
ただし、わずかながら影を取り戻したという事例も伝わる。
ある男性が夕暮れの川辺で、水面に映る自分の影を手ですくうようにして必死に捕まえたところ、急に体がずしりと重くなり、声まで戻ったという。
この現象に遭遇しそうだと感じたら、足元を見失わないよう警戒すべきだ。
焦って走るほど、影は余計に身体から外れやすいという。
むしろ壁沿いに体を寄せ、夕陽との位置関係をはっきりさせて影を無理に引き止めるのがいいらしいが、それで助かる保証はない。
万が一、自分の足元から影が消えたなら、もう声を張り上げても誰も気づかないかもしれない。
やがて陽が落ちきった暗がりのなか、自分という存在が街からこぼれ落ち、影もろとも夜に飲み込まれていくのだ。