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【都市伝説】いつかの道

ある街には “いつかの道”と呼ばれるものが存在するという噂がある。
誰もが普段は目に留めず ふとした拍子に「こんな道あったっけ」と首をかしげる。
何の変哲もない舗装路だったり 細い路地裏だったり あるいは草むらの抜け道だったり形態は様々だ。
しかし 一度その道と目が合うような感覚を抱いたら最後 気づけば足が勝手に進んでしまうという。
一方で まったく関心を向けない者にとっては 最初から存在しないかのように意識から消えるらしい。
道に入ってしまうと 特に危険な仕掛けは見当たらず 静かな住宅街の一角のようにさえ思える。
けれど そのまま歩き続けると 妙な胸騒ぎと共に足の裏が軽くなり いま自分が何を置き去りにしているのか考えてしまう。
たとえば 今まで大切にしていた指輪を落としたのか あるいは思い出の手紙を失くしたのか 本当に思い出せないまま不安が募るのだ。
道の先へ進むほど 焦燥と喪失感だけが大きくなり いつしか「何かが足りない」状態に陥ってしまう。
そこから抜け出した頃には 道は元の街角に戻り 標識も景色も変わりないのだが 心に妙な空洞が残るという。
どうやっても 何を落としたのか分からないのに 確かに何かを失くした感覚だけが消えない。
そして 数日が経つにつれ それまで当然のように思い出せた出来事や 大切にしていた物の存在が曖昧になる。
友人に貸していたはずの本や 飼っていたペットの写真など 具体的な記憶がぼやけて 周囲に尋ねても誰も覚えていない。
あの道に入り込んだ人々は 共通して 「たしかに何かを落としたのに 何かは分からない」と呟く。
それが物なのか 記憶なのか 大切な感情そのものなのかすら判然としない。
そのうち ほとんどの人は諦めて日常に戻ろうとするが ぽっかり穴の空いたような喪失感は一生引きずるという。
しかも 道を認知してしまった者ほど 再び“いつかの道”を見つけやすいらしく どこへ行こうと時折ふと出現するらしい。
逃げようにも 焦った瞬間に自然と目が留まり また新たな何かを路上に落としてしまう。
一度その道を知ってしまったなら 目を逸らすことも難しく ずっと追いかけられるように 自分の中から何かがこぼれ落ちていくらしい。
だからもし 街中で唐突に「あれ、こんな道があった?」と思ったら なるべく意識を切り替え 足を踏み入れないほうがいい。
たとえ中が明るく見えたり 近道のように思えても そこには戻れない何かが吸い込まれていく痕跡だけが待っているからだ。

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