冥ヶ崎中央区の夜道で、卒業文集を道端に落としていくアルバイトが、最近妙に流行していると聞いた。
道行く人は、特に気に留めることもなく、紙束を踏み越えて通り過ぎていく。
だが、それを拾い上げて読んだ者は、何とも言えない胸の重さを覚えるという。
文集はまるで、子どもたちの純朴な夢や希望がぎっしり詰まった世界。
懐かしさと、得体の知れない不安が混ざり合っている。
アルバイトをやっている青年は、深夜になると街角に立ち、ランドセルのようなリュックから卒業文集を一冊ずつ取り出しては、ぽとりと道端に落としていく。
その所作はまるで儀式のように厳かで、周囲に人がいても、まるで彼には見えていないかのようだ。
誰の卒業文集なのか、なぜこんな場所に捨てるのか、問いかけても、彼は答えずに笑うだけだという。
ある若いサラリーマンが、落ちていた文集を読んだあと、なぜか一晩中眠れず、翌朝出社すると、会社の看板が書き換わっていた。
それまでは普通の運送会社だったはずが、突然「大地の言の葉保管倉庫」などという、聞きなれない名称を掲げていた。
社員に尋ねても、昔からずっとその社名だと言われ、自分の記憶違いかと不安に陥ったらしい。
他にも、卒業文集を見つけた人が家に帰ったら、窓ガラスがすべて外され、障子紙のように貼り替えられていた。
近所に訊いても、最初から障子戸の家だと信じて疑わず、まるで自分が世界から隔絶されてしまったようだ。
ある噂によれば、このアルバイトを始めた者は、職業斡旋所の紹介でやってくるらしい。
そこには「日給一万円、内容は書類の配送」とだけ書かれており、実際に面接へ行くと、古びた教室のような部屋へ通され、何も言われずリュックを渡されるだけだという。
そのリュックの中身に触れた瞬間、自分がいつからここにいるのか、何のために来たのか、考えるのをやめてしまうのだとか。
そして夜の街をひとりで歩き、卒業文集を道端に落としていく。
次の朝になると、青年はきまって微かな笑みを浮かべている。
やがて彼らは、ある日ふとリュックが空になったことを知る。
その瞬間、彼らは自分が何のアルバイトをしていたか、思い出せなくなる。
残されたのは、路上に散らばる子どもたちの思い出と、変わり果てた街の風景だけ。
記憶の断片が曖昧にちぎれ、気づけば、自分の人生に大切だった何かが、そっと消え失せてしまっているのだ。
【都市伝説】卒業文集を落とすアルバイト
