新築の結婚式場が 霞丘区の外れに建てられた オープン初日に挙式が予定されていたが 当日の朝になっても 新郎新婦の名前が受付に登録されていない
式場スタッフは 準備通りに花やケーキを並べ 挙式開始の時間を迎えた しかし 誰もヴェールを身につけず タキシードを着る人もいない 来賓席には親族らしき者が ぽつぽつと座っているものの 皆 口を閉ざして下を向いている
牧師のような人物が現れ 式の進行を始めるが 会場からの返事はない 指輪交換を促す言葉だけが 何度も空回りする それでも 祝福の曲がオルガンから流れていく
控室を覗いたスタッフによると ドレスが一着掛けられたまま 誰も袖を通していないという 試しにタキシードを探そうと倉庫を開くと 奥に散らばる布地が まるで足跡のように 廊下へつながっていた
不安を拭えないまま 参列者たちは黙って待ち続ける やがて 披露宴会場の扉が開き 料理のコースが運ばれてくるが 乾杯の音頭を取る人間は 一向に姿を見せない テーブル上のグラスは 揺らめく水面を映すだけ
スタッフが戸惑いながら挨拶を試みると 客席の奥から 誰かが拍手を打ち鳴らした だが その人物の姿は確認できず 拍手の音だけが響く 全員が振り向くと同時に オルガンの曲が高揚し 花嫁の入場を示すような旋律に変化した
そこで式場の天井から 淡い照明が灯り 壇上の二人分のスポットライトが 白い床を照らす 誰もそこに立っていないのに 誓いの言葉だけが スピーカーから流れ出す
最後はケーキ入刀に移るはずなのに カメラマンがシャッターを切っても 人影が一切写らない 参列者が一斉に立ち上がると 突然 全員が拍手する スポットライトの下には やはり誰もいないのに
式終了の合図が鳴り 客たちは何事もなかったように 外へ出ていった 振り返ったスタッフが見たのは 宙に浮かぶブーケだけで その花びらが一枚ずつ落ちるたび 消えるように床へ吸い込まれていったという