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【都市伝説】部屋が増え続ける一軒家

部屋がいくつも連なる二階建ての一軒家が、霞丘区の端に建っている。ごく普通の外観で、通りかかった人が素通りしてしまうような、どこにでもありそうな家だ。しかし、そこでは奇妙な噂がささやかれ続けている。じつは、家の中の「部屋の数」が日々変化しているらしい。

家の持ち主は、まだ若い夫婦だった。最初に暮らし始めたときの間取りは、ごく常識的なLDKと寝室、客間が一つずつ。ある日、夫がふと廊下の突き当たりにドアが増えていることに気づいた。元は壁だったはずなのに、重たい木の扉がそこに鎮座している。夫は妻に尋ねたが、「そんなドア、あったかもね」と曖昧な返事をされ、仕方なく自分で開けてみた。中は十畳ほどの洋室。家具は何もない。天井がやけに高く、壁に小さな窓がひとつだけあった。夫婦は「設計上あったはずだ」と自分を納得させ、深くは考えなかった。

やがて、ドアが増える現象は何度も起きた。日により場所も変わる。あるときは階段の踊り場に扉がもう一つ追加され、またあるときは寝室のクローゼット内の奥が二手に分かれている。夫婦は最初こそ戸惑ったが、間取りが広がるのはむしろ快適かもしれない、と特別な対策を取らずに暮らし続けた。家が広ければそれだけ荷物も収納できるし、人を呼んでも困らないだろうという、なまじ楽天的な考えだ。

しかし奇妙なのは、それ以上に異常を感じない点だった。増えた部屋は急に消滅するわけではなく、ちゃんとそこにあり続ける。ドアが増えても、家の外観には変化がない。まるで内部がどこか別の空間に繋がっているかのようだ。さらに奥へ進めば、いくつも廊下が交錯し、行ったり来たりすると方角がおかしくなる。夫が一度、散歩がてらどれだけ増えたのか確かめようと試みた。書斎を出て右手に新設された扉をくぐり、次の部屋を見渡すと、隅にまたドアがある。そこを開けると浴室に出て、いつもの脱衣所へ戻ろうと振り返ったが、先ほど入ってきた扉がどこにも見つからない。しばらく迷いながら廊下を抜けたら、いつの間にか居間に戻っていた。

妻はといえば、この現象をあまり気にしていないふうだ。新しく見つかった部屋を掃除しては「ここは客間にしようか、いや物置にしよう」と、むしろ楽しんでいる節がある。夫が訝しむと、妻は「増えて困ることなんてある?」と軽く笑うだけ。二人の会話に取り立てた不穏さはなく、むしろ平和そのものだった。

ところが最近、近所の人が妙な告げ口をしてきた。「あなたの家にお邪魔したとき、階段が三階まで伸びてましたよね? いつの間に三階建てになったの?」 しかし夫婦は「いや、二階建てだ」と否定した。実際に外観を眺めても二階建てしかない。にもかかわらず、客が見たときには確かに三階への階段があったという。もう一度客が訪ねようとすると、普通の二階建てしか見られない。誰が嘘をついているのか不明だが、それ以上追及もされず、夫婦と近所の人はなんとなくうやむやにした。

そうこうするうち、家の内部の増えた部屋を使う機会が増える。意外にも夫婦はその状態に馴染んでしまい、例えばどの扉を開けても新しい部屋が見つかることを「日常の楽しみ」くらいに捉えているらしい。飲み会での話題になれば「たまに迷子になるけど大丈夫」と笑い、周囲も冗談半分にしか思わない。誰も失踪しないし、ケガ人もいないからだ。

それでもときどき、外の人が不思議な言葉を漏らす。「あそこに行ってから、なぜか自分の家でも似たような現象が起きそうな気がする」「夢に出てきた複雑な廊下が、まるであの家の中みたいだった」と。だが夫婦は「よその家にまで影響するわけない」と、これまた鷹揚に構えている。

最終的に、この「部屋が増え続ける一軒家」は、単に変わった家だという風評だけを残して今もそこにある。内見に来た友人や親族は、あまりの混沌ぶりに少し青ざめるものの、夫婦自身は日常を揺るぎなく送っているのだから、引っ越す理由はない。人が消えたり亡くなったりという事故も起きていない。複雑怪奇な間取りが、ただ闇雲に増殖しつづけるだけだ。そんな異常な状態も慣れてしまえば怖くはないらしく、夫婦は「うちは広いよ、ちょっと迷宮になってるけど」と言い放つ。

だからこそ近所の人はこう噂する。「あの家、一生完成しない迷路になってるんじゃないか」「誰にも使いきれないほどの部屋が奥にあるらしい」と。けれど確たる被害がないため、誰も深く問い詰めようとしない。いつ訪ねても夫婦は元気で、“今日も新しい部屋が見つかったんだ”と笑っている。それが正しいのかどうかは、もう誰にもわからないのだ。

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