深夜になっても、町内放送のスピーカーからは定期的に誰かの声が流れる。その声は、いつも同じ落ち着いたトーンで、「本日は晴天」「ゴミ出しは午前中にお願いします」といったありふれた放送を告げるだけだった。ところが、ある晩、放送の最後に妙な言葉が挟まった。
「……皆さん、本日は気をつけて。よろしければ、屋根裏も確かめてください」
住民たちは寝ぼけまなこでスピーカーを見上げたが、気味が悪いだけで特に騒動にはならなかった。翌朝になっても、町はいつもの通り平和に見えた。
それからというもの、町内放送は日に数回、つじつまの合わない一言を付け足すようになる。「夜の十一時に窓を開けないでください」「深呼吸は三回までに」など、誰にも意味がわからない。やがて、誰かが笑って言った。「ただのイタズラさ。気にしないでおこう」
しかし次第に、おかしな噂が広がり始めた。スピーカーの下を通ると、一瞬だけ耳鳴りがする。特定の家の屋根裏で、深夜に人を呼ぶような足音が聞こえた。同じ地区に住む人々が、同じ夢を見たと訴えるケースが増え、一部住民は次第に外へ出るのをやめてしまう。
ある晩、放送がいつもどおり始まり、「明日の燃えるゴミは……」と普通に進行していた。その途中で唐突に音が途切れた。間を置かず、聞いたこともない、低く震える声が割り込んできた。「……ここでは一度帰した者も、再び迎えに行く……。目を伏せることが大事です」
町の住人たちは驚き、暗闇の中でスピーカーの方を凝視した。誰かがスイッチを切ろうとしたが、どうにもならない。ミュートボタンも反応しない。やがて、声はひとりでにつぶやきを続けるが、聞いているだけで頭痛がするようだった。五分ほど経って、ふいに放送は止まった。
翌朝、町の有志が集まって調べたが、放送設備に故障はなく、録音機材も正常。誰が操作していたのか全くわからないという。やがて、住民たちはこの出来事を話題にしなくなった。夜になれば、いつものように「明日の可燃ゴミは――」と放送が流れ、その後に奇妙な断片が混ざるのだが、誰も行動を起こさない。
ただ、一軒だけ、放送の内容を逐一メモしていた人がいる。ある晩、メモが増えすぎて壁を埋め尽くしたその人物は突如姿を消した。家の中には紙の束が散乱し、それらを読み上げてみると、「帰した者を迎えに行く」「目を伏せろ」など意味不明の文が大量に繰り返されているだけだった。
それ以来、町内放送は淡々と続いている。毎日の暮らしも見かけは変わりなく進んでいるが、住民の間では、深夜にふと目覚めたときにスピーカーの音量が上がっており、誰かが強制的に“また別の世界”へ呼び込まれているのでは……という噂が密かに囁かれ始めている。誰一人、それを表立って止めようとしないのは、もし放送が止まったときに何が起こるのか――みんなが怖くて知りたくないからだと言う。
【都市伝説】囁き続ける町内放送
