ある高校の卒業アルバムが、霞丘区のフリーマーケットにひっそり並んでいた。表紙は普通の布張りで、差し込まれた名札には「第54期生 卒業アルバム」と書いてある。でも不思議なのは、どこにも学校名が記されていない。それなのに、フリーマーケットの客が何気なくページを開くと、自分が通っていたはずの高校に酷似した風景が何枚も写っていると驚くのだ。しかもアルバムの冒頭には「おめでとう、あなたも卒業生です」とでもいうように、誰かに祝福されるような空白のページがある。まるでそこに自分の写真が貼られるべきと示唆しているかのように。
不審に思ったある男が、そのアルバムを数百円で買い求めた。家に持ち帰りペラペラとめくってみると、写っている生徒たちがどこか無表情で、教室や校庭の背景だけ異様にリアルだった。さらに奇妙なのは、ページを進めるたびに生徒たちの背番号だとか、写真のレイアウトが微妙に変わっていくことだ。最初は誰かがイタズラで加工したのだろうと思ったが、深夜、男が何気なくアルバムを開いてみたところ、昼間見たはずの写真がごっそり入れ替わっていた。そこにはいつのまにか新しい顔ぶれが増え、「一列目中央:霞丘区○○さん」と書かれたメモまで挟まれていた。
男はゾッとしたが、なにかの見間違いかもしれないと自分を落ち着かせて、その夜は寝た。翌朝、再度アルバムを確認すると、今度はアルバムの最後のページに「卒業生による寄せ書きコーナー」というページが増えており、何人もの書き込みがなされていた。そこには知りもしない人の名で「久しぶりだね。君を待っていたんだ。もうこっちに来る時期かな。」と墨汁のような筆跡で書き殴られている。どれも“同窓生”を装った内容に思えたが、名前はどれも現実に存在しそうで存在しない妙なものばかりだった。
さすがに胸騒ぎが大きくなり、男は霞丘区の学校に電話をかけて、卒業生名簿にこういう名前はないかと尋ねた。が、学校側は「該当する生徒はいない」と即答するばかりか、そもそも「第54期生」の年度に合う情報自体が無かったという。
その日の昼下がり、男は町で偶然出会った友人にこの話をして、アルバムを見せようとしたが、鞄の中から取り出すときには表紙の色合いがまるで変わっていたらしい。落ち着いた布張りが紫がかった不気味な模様に変化し、ページを開けば“卒業生の証拠写真”がまばらに貼られている。そこに写っていたのは男の友人本人だった――見覚えのないセーラー服を着て、無表情のまま体育館らしき場所でこちらを見つめている姿。男の友人は激怒して「こんなの合成だろう!」と騒ぎ、慌ててページを破り捨てようとしたが、紙はまるで軟い金属のようで簡単には破れなかった。まるで外力を受け付けない。
次の日、その友人は何も言わず霞丘区を去ってしまい、男に連絡先も残さず消息を絶ったという。慌てて追いかけようとしても、どこを探しても会えず、ただ彼が住んでいたマンションの部屋は半分だけ空のようだった。部屋の棚には、同じアルバムの断片らしき切れ端がこっそり置かれていた。それは日の光に透かすと、人の顔が薄ぼんやりと浮かび上がるような紙質で、ぞわりとした気持ち悪さを醸していた。
男はとうとう怖くなってアルバムを捨てようと考えた。しかし、ゴミに出しても翌朝には玄関先に戻ってきている。思い切って夜中にコンビニのゴミ箱へ放り込んでも、なぜか翌朝には郵便受けに突っ込まれている。それらしい防犯カメラ映像は一切残っていない。まるでアルバム自体が自ら帰ってくるようにしか見えない。
そろそろ耐えられなくなった頃、男はアルバムを見たまま気絶したらしく、気がつくとどこかの校舎の裏庭らしき場所にいた。見回すと、中庭には膝まである白い靄がうっすらと漂っていて、楽しそうにはしゃぐ声が遠くから聞こえる。しかし、人影はどこにもない。男は心底震え上がり、声を出すことすらできないまま立ち尽くした。
どうにか出口を探そうと校舎をぐるりと回ったが、出口らしき扉は鍵がかかり、一枚の張り紙がべたりと貼られていた。そこには「第54期生 集合完了」とだけ記されていた。