冥ヶ崎中央区、昭和レトロなスナック「夜霧」にて
カウンター席の端で、常連客のヤマダとサトウがママの作るおでんをつまみに、いつものように仕事終わりの一杯を楽しんでいた。窓の外は、冥ヶ崎中央区特有の濃い霧が立ち込め、街灯の光がぼんやりと滲んでいる。
ヤマダ「それにしても、最近、街の様子がおかしいと思わねえか?中央区だけ妙に静かすぎるっていうか…。」
サトウ「ああ、俺も感じてたんだ。昔はもっと、夜遅くまで店が開いてて賑やかだったろ?今は8時過ぎるとシャッター街みたいだ。」
ママ「そうなのよ〜。昔はもっとサラリーマンで賑わってたのに、最近はみんな早く帰っちゃうのよね。景気が悪いってのもあるけど、なんか、みんな怖がってるみたい。」
ヤマダ「怖いって、まさか幽霊とか、そういう話か?」
ママは意味深な笑みを浮かべながら、カウンター越しに身を乗り出した。「ヤマダさん、この街の噂、知ってる? 中央区には、“空回廊(からかいろう)”って呼ばれる場所があるって話。」
ヤマダは眉をひそめた。「空回廊?なんだそりゃ?」
ママ「知らないの?この街のビルって、テナントが入ってないフロアが多いでしょ?あれ、“幽閉階(ゆうへいかい)”って呼ばれてるんだけど、実は全部繋がってるんだって。地下の通路とか、使われてない図書館の書庫とかも全部。」
サトウ「それ、俺も聞いたことある。で、その空回廊を、誰かが使ってるって話だろ? 妙な実験とか…いや、もっと恐ろしいことに。」
ヤマダ「恐ろしいことってなんだよ?はっきり言えよ。」
ママはグラスを拭きながら、小声で言った。「人が消えるのよ…」
ヤマダとサトウは顔を見合わせた。2人とも薄々感じていたことだった。中央区では、ここ数年、行方不明者が増えているという噂があったのだ。
ヤマダ「でも、警察は何も言わねえし、新聞にも載らねえだろ?」
ママ「それが、この街の怖いところなのよ。みんな見て見ぬふりをしてるっていうか…。何か大きな力が働いてるんじゃないかって、噂されてるわ。」
サトウ「そういえば、うちの会社でも、先週、経理部のヤツが突然いなくなったんだ。家族も連絡が取れないって騒いでたけど…まさか…。」
3人はしばらく黙り込み、おでんの湯気が静寂を包んだ。窓の外では、霧がさらに濃くなり、店のネオンサインさえも見えないほどだった。
ママ「…もう一杯、どう?」
ママが重い口を開き、いつもの笑顔を作った。ヤマダとサトウも、無理に笑顔を返しながらグラスを差し出した。
冥ヶ崎中央区の夜は、深い霧と謎に包まれ、静かに更けていくのだった…。