私は、人口が二桁程度の限界集落に住んでいます。
田舎ですので、夜になると光源は月明かりと申し訳程度に見える数百メートル毎に置かれた電柱の光しかありません。
このような田舎に長く住んでいると、階段の幅や廊下の距離感等はなんとなく足が覚えており、夜中にトイレに起きた際も廊下の電気を点けずに2階の自室から1階のトイレまでを行き来することが多々あります。まあ、2階の廊下は学校のように階段の踊り場手前まで窓が並んでおり、月が出ているときはボンヤリと視界が確保できることと、自室から廊下のスイッチまでが遠いので、点けるのが面倒くさいだけなのですが。
ある夜のこと、時間は大体深夜2時を過ぎた頃だったと思います。
トイレに立った私は、ふと2階の窓から視線を外に移しました。家から10メートル程離れた家の入り口にある電柱の灯りの下に、何やら黒いものが見えました。
「クマか?」
身構えた私が様子を窺ってみると、その黒いものは黒いダウンジャケットのフードを目深にかぶった人のように見えました。
その人は微動だにせず、ただそこに立っています。
顔はフードと真上からの光源のため、男か女かも判別できません。
いつからそこにいたのだろうか、タバコでも吸っているのだろうか、気味の悪さを感じましたが、尿意を思い出し、トイレに駆け込んで再び戻ってくると、そこに黒い人影はもういませんでした。
朝にその人が立っていた所を確認したのですが、吸い殻も何も落ちていません。
その日以来、私は何度かその人を見かけるようになりました。夜中にトイレに立つと、いる。トイレから戻ると、いない。私はトイレに立つたびに、その人を観察するようになりました。
その日も変わらず、その人は電柱の明かりの下にじっと立っており、私は5分程、暗い廊下でその人を観察していました。
「今日も変らず、か」
そう思った瞬間、いきなり廊下の電気が点きました。バッとスイッチの方を見ると、妹が「何しとるん?」と言いながらこちらに歩いてくる途中でした。慌てて外に向き直ると、フードをかぶった顔がゆっくりとこちらを見上げてきているようでした。
まずい、存在がバレた。
私は慌てて妹の手を引き、外から死角となる階段の踊り場へと身を隠しました。何分じっとしていたでしょうか。妹は私の危機感を察したのか、同様に息を殺しています。そっと陰から外を覗いてみると、その人の姿はもうそこにはありませんでした。妹には何があったのかと質問攻めを食らいましたが、私は何事もなくその人が去ってくれた安堵感で腰が抜け、彼女に説明することもなく、そのまま床に戻りました。
しかし、この日のうちに妹に相談し、警察に連絡しなかったことを、私はひどく後悔しました。
次の日の朝、あったんですよ。
いつもは何もない、電柱の下に、
猫の死骸が。
見つけたのは出勤時間が一番早い妹でした。彼女の悲鳴を聞きつけ、現場を確認しにいくと、野犬等に襲われたのではなく、人為的なものだと即座に分かりました。明らかに刃物で切り裂かれた腹と飛び出た内臓、その中に混ざって、詰め込まれるようにして入っていた、猫の血で表が真っ赤に染まった、真っ黒に塗りつぶされた10cm四方程の紙。瞬時に浮かんだのは、あのパーカーを目深にかぶった黒いダウンジャケットでした。
妹や家族はすぐに警察に連絡しようとしましたが、私はそれを却下しました。
ただ「不審者が出た」と言ってしまえば、それだけのことなのですが、ここは村人数十人の限界集落。誰も彼もが顔見知りだし、私たちの情報も向こうには筒抜けでしょう。通報すれば、逆上した相手が何をしてくるか分かりません。はたまた、空き家の多い村です。もしかしたらあの黒いダウンジャケットがそのどれかに潜んでおり、こちらの様子をじっとうかがっているかもしれません。2回目以降、被害が続くようであれば、警察に連絡するということで、家族会議は閉じました。
あれ以来、被害もなければ、夜中の黒い人影も見ていません。しかし、いつ、また、あの電柱の明かりの下に黒い人が立っているのか、果たしてそれは見知った隣人の誰かなのか、空き家に潜む狂人なのか。
私は今でも、夜中の窓の外に目をやることができません。
長文、乱文、申し訳ありませんでした。
提供:零人 様
コメント0 件